「今・ここ」しかない

欧米のマインドフルネスが「今・ここ」を強調するあまり、仏教が持つ「広さと深さ」が失われたと、仏教界のあるお方は述べておられます。
浅学の私から見ても、確かに、仏教には広さと深さが認められます。
しかし、その様な「広さと深さ」も、「今・ここ」からしか生まれません。
全ては、そこに始まりその変化の中で起きており、終始・古今は無常・無限の中にあります。
この意識世界は、終始古今無常無限です。
「今・ここ」で刹那刹那に滅即生を繰り返しながら、無常であり無限であるのです。
その中に過去や未来は含まれているのであり、「今・ここ」に青春時代も壮年時代も含まれているのです。
だから、そこから意識される人生はあっという間なのです。

「自覚的に」今年を振り返ると、僅かな時間ではありましたが、本年も「今・ここ」に共に存在することができました。
力をいただき、ありがとうございました。
釈尊曰く「過ぎ去れるを追うことなかれ 未だ来ざるを思うことなかれ 過去はすでに過ぎ去りたり 未来は未だ到らざるなり さればただ現在するところのものを そのところにおいてよく観察すべし 揺らぐことなく、動ずることなく そを見きわめ、そを実践すべし ただ今日なすべきことを熱心になせ」(by プラユキ ナラテボー)
来年も、「現在するところのものを そのところにおいて」、共に深く洞察してまいりましょう。

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